7.私の趣味~風景写真 2019/05/17 (金)

 弁護士会の会報に「私の趣味~風景写真」というタイトルで書かせて頂いたことがありました。
内容は、下記のようになっていました。


「私の趣味~風景写真」


私の趣味は風景写真です。私が本格的に写真を始めたのは3年前からで、そのきっかけは、
大病を経験して仕事や家庭以外のプライベートでも本当に一日一日を熱中して生きている実感を持って過ごしたいと考え、
登山を始めてからのことです。この決断をしてからは、休みの日は夏は朝3時に冬は朝5時に起きて家を飛び出し、
帰るのも夜のことが多く、一心不乱に一日中撮影に飛び回りました。
現在は阿蘇をテーマとして集中して撮影していますが、九重や霧島、大雪山、穂高などの国々の山々をはじめ、
ニューカレドニア、桂林、バンコク、上海等々の海外にも撮影旅行に出かけたりしました。


この3年間で36枚撮のリバーサルフイルム(ポジ)で約1,250本、枚数にして約45,000枚は撮影しましたが、
いわゆる「作品」として完成させるには何より自分なりのテーマを持つことと人とは違う視点が大事になりますから、
この中でも作品として残るのはほんの数%にすぎません。


写真の魅力は、一日中自然の中に身を浸すことにより、空や雲、風の匂い、木々や山々の佇まいを感じ、
対象に感激し、本当に「今、ここに自分が生きている」という実感を肌で感じることができる点です。
勿論作品を創る、自分なりの表現を創造していく喜びもありますが、自然の対象に同化して、
スピリチュアルなものを体感することができることが何よりも魅力です。


人生で今日が生まれて初めての一日、そして二度と戻ることのこの一日。
だから自然も、生きることも、ちょっと切なくていとおしい。
そんな過ぎ去る時を万感の思いを込めてこの一瞬に写しとめ表現していきたいと思っています。


私は、この人生で写真という趣味に出会えたことを本当によかったと思っています。
今年は一応のまとめとして阿蘇の写真集を出版し、更に一日一日を大事にして
新しいテーマと更なる表現に挑戦していきたいと思います。



夫が写真を始めたのは、年表によりますと2001年(平成13年)10月8日頃です。
初めて病気の治療を受けたのが1999年(平成11年)で、2001年に病気が再発して2回目の治療を受けました。
写真はこの頃にスタートしたことになります。


夫の場合は病気の治療は入院はしないで、週末の土曜日の朝9時から夕方5時まで点滴治療をしていました。
1クール半年間ほど治療をしていましたが、仕事は一切セーブすることなく普通に行っていました。
土曜日に治療をするので、せめて日曜日は休息日にして体をゆっくり休めて欲しいのですが、
「家で寝ているのは嫌だ。」と言って、早朝から夜遅くまで写真撮影に出掛けていました。
夜、帰宅すると「ああ、楽しかった!」と言って、生き生きとした顔をしていました。
夫が無茶な行動をしていることは分かっていましたが、やめさせることはできませんでした。


その後も夫の病気は再発を繰り返しました。2002年(平成14年)、度重なる治療の副作用で
拡張型心筋症になり11日間入院しました。
医師からは「登山はできません。」と厳重注意されましたが、その後も夫は登山を止めませんでした。
私ひとりの力では無理なので、夫の両親からも登山をしないように注意しましたが一向に止めません。
仕方なく、医師に事情を話してドクターストップをして欲しいとお願いしたこともありました。
すると、医師は「私から坂本さんに言うことは簡単ですけど、坂本さんは言うことを聞かないと思います。」と言いました。
結局、仕事で北アルプスの遭難事故を依頼されたこともあって、益々登山と写真に熱中するようになりました。


2003年(平成15年)、夫の病気は4回目の再発をして、春から秋まで治療は続きました。
秋に治療を終えると、夫はニューカレドニアに一人旅をしました。
ニューカレドニアは天国に一番近い島と言われていますが、旅から帰って来た時、
夫は「海がきれいで天国みたいだったよ。」とキラキラした瞳で顔を輝かせて言っていました。
何度も辛い治療に堪えた夫だからこそ、生きて「天国」に出会えたのでしょう。
その後も何回か、写真撮影が目的の一人旅に出掛けました。


弁護士会会長の任期を無事終えた時には、若い頃からずっと行きたかったインドに一人旅しました。
インドの旅で偶然出会った「WHY YOU BREATHE」という言葉に心惹かれ、
「WHY YOU BREATHE」を写真展のタイトルにして、2回目の写真展を開催する決意をしました。
おそらくタイトルからして、生と死について深く考察した写真展にしたかったのではないと思います。


しかし、残念ながらこれから準備に入ろうという時に急逝したので、写真展は止む無く断念することとなりました。
夫の場合は、写真に添える言葉も大変重要な意味をもちます。
どのような写真と、どのような言葉で、自分の思いを伝えようとしていたのでしょうか。
2回目の写真展を開催できなかったことだけは、さぞや無念だったことでしょう。
でも、体調が悪い中、再び写真展を開催しようと決意して、心を燃やしたこと自体に価値があるのかもしれません。