5.人生のほんとう 2019/05/13 (月)

 池田晶子さんの「人生のほんとう」の要旨は、ノートを4ページも割いてまとめて書いています。
それだけ共感する部分が多かったということでしょう。
夫は、「本当のところは、誰も、何も分からないんだよ。」、「分からないことに意味を求めても仕方ないじゃない。」
とよく言っていました。「人生のほんとう」にも、そのようなことが書かれています。
線を引いている部分を一部抜粋すると、下記の通りとなっています。



自分が生きていること、存在すること自体が謎、我々は生きている限り死のことは知らない。
何故だか分からないけれども、我々がいて、生まれたり死んだりしている。
絶対的な謎→ああ、何でもいいんだな、一種の自由な感覚。
だって、分からないんだから。
そもそも、我々の理解を超えたものを生きているんだから。
腹のくくり方も出来て来る。
覚悟を決めればよい。


人生とは何か、存在とは何か→分かるわけがない。
なんであるのか分からない、不思議、不可思議。
思い悩むより、たかが人生ではないかと覚悟を決める。
ああ、何でもいいんだ=何でもOK

絶対的現在(現在しかない)→過去の後悔も未来の憂いもない。
大丈夫、大安心、ノープロブレム。


生きていること自体が謎だということに気が付けば、まさにそのことによって生存を超えます。
謎を生きている自覚があるならば、生死を超越してこの人生も生きられますし、
苦しいと思っていることも、どうも苦しいことではないようだという気持ちになってきます。


何があっても大丈夫、なるようになるし、ならないようにはならない。
当たり前の人生に起こって来る事柄を、当たり前に受け容れながら生きていける。


不可思議な構造の謎に気付く。
もう、物事は「あるようにある」と認めるしかない。
それでよいのだと、最初から、皆、救われているのかもしれません=絶対肯定のような感覚→人間の幸福


自分が何ものでもない。
宇宙あるいは存在というものも何ものでもない。
すべてはあるようにあるのだ。ただそのことだ。
苦しみを苦しみとしているのは自分。
起こっていることは、ただそのことだ。
絶対自由の境地。