48.お盆のおもいで 2019/08/12 (月)

 夫は若い頃から、宗教・精神世界・哲学などについて究めたいという思いがあり、膨大な数の本を読んでいました。
自分なりにあらゆる難しい問題に真正面から向き合って、真理を追究していました。


 夫は、日頃から人とのご縁をとても大切にする人だったので、葬儀にも数多く出席していました。
夫は、葬儀を終えて帰宅すると、いつも必ずお坊さんの話しに対して「何も分かっていない。」、「俺の方がよっぽど分かっているよ。」と激しく怒りだします。
そして「俺の葬式の時は、お坊さんは呼ばなくていいぞ。」と私に言いました。
夫は、お坊さんがすべてのことを分かったような顔をして、決まりきった話をするのがとても嫌だったようです。
夫は物事の本質や核心を鋭く突く人だったので、お坊さんの言葉は夫の心には響いてこなかったようです。
私は夫の言葉を守り、夫の葬儀は家族葬にしてお坊さんは呼びませんでした。
夫の葬儀は、愛する夫への感謝の気持ちに満ち溢れ、悲しく辛い思いを抱えながらも、心からのお別れを告げることが出来ました。


 今年の夫の初盆は、私なりのやり方で心を尽くして夫の供養をしたかったので、毎晩瞑想をしながらゆっくり時間をかけて夫を偲ぶことにしました。
夕食後、ベッドに横たわり部屋の灯りを仄暗くして、ゆっくりと深い呼吸を繰り返し、心と体を十分にリラックスさせます。
そして、これまでのお盆の過ごし方の記憶を手繰り寄せます。徐々に昔の記憶を辿って行くと、忘れていた記憶が甦り懐かしい気持ちで満たされます。


 夫は3兄弟の長男ですが、親の稼業(農業)を継がなかったことや、東京の大学に進学させてもらったこと、
卒業後も就職しないで司法試験に挑戦することを許してもらったこと、両親と同居していないこと・・・などについて、
両親に対して申し訳ない気持ちを抱きながら、心から深く感謝していました。
せめて、お盆休みの期間中は両親と一緒に暮らして、母を家事から解放させてゆっくりさせてあげたいと願っていました。
私は夫から「本当なら同居しないといけないんだからね。せめてお盆は母ちゃんをゆっくりさせてやってよ。」と言われていました。
私は、夫の気持ちも十分理解出来ましたので、お盆休みになると夫の実家に何日間も泊まり込んでいました。
私は、大人数(両親・お婆ちゃん・弟たち)の食事を朝昼晩と作っていたので、一日の大半を台所で過ごし、料理の事ばかり考えていました。
私が料理を作ることは、夫にとっては立派な親孝行のひとつだったのです。両親が喜ぶ顔を見ることが、夫にとっての最高の幸せでした。


 夫の実家は農家なので庭が広々しています。夜が更けると、家族全員で花火を楽しみました。
花火を楽しんでいる両親や兄弟の姿を眺めていると、きっと幼い頃からずっとこんなふうにして、お盆になると花火を楽しんできのだろうなと思いました。
花火の後は、冷やしておいたスイカをみんなで美味しそうに食べるのが定番でした。本当に仲のよい温かな家族です。


 ごく普通の何気ないお盆の光景が、今はとても懐かしくて愛おしい記憶となりました。
花火をしていた時の夫の笑顔、大好きなスイカを食べている時の満足そうな笑顔、家族全員で昔話をしている時の楽しそうな笑顔、食事をしている時の笑顔・・・。
夫の笑顔が、次から次へと溢れていっぱいです。私の心も、温かく幸せな気持ちで満たされてゆくのを感じました。