45.トリセツ 2019/08/01 (木)

 録画しておいた「徹子の部屋」を観ると、ベストセラー「妻のトリセツ」の著者がゲストでした。
定年後の夫から、妻が最も言われたくない言葉が「昼食は何?、夕食は何?」という言葉だそうです。
私は、この言葉を聞いて思わず大笑いしてしまいました。夫は、毎日、必ずこの言葉を言っていました。


 いつも昼食を食べ終わると、すぐに「今日の夕食は、なあに?」と訊ねるのが習慣でした。
私が「今、お昼を食べたばかりでしょう。」、「まだ考えてませんよ。」と言ってから、
ちょっと考えて「今日は○○を炒めて、それから○○を和えて・・・」と言うと、必ず「珍しいものが食べたいな。」、
「世の中にはきっとたくさん、これはうまい!って言う食べ物があるんだろうな・・・」と言うのです。
私は「家庭料理は、定番のいつもの『あれ』っていうのが、いいんじゃないの。」と言うと、
「俺は、食べるのだけが楽しみなんだよな。」と切なげに言います。


 夫は、珍しいものや、これはうまい!というものが食べたいと言ってはいますが、実際には大好物は「目玉焼き」でした。
私は、それなりの技術を要する厚焼き玉子を作る方が自信があるのですが、夫は単純な目玉焼きの方が好きでした。
その他には、子供の頃、母が必ず弁当に入れていたという「魚肉ソーセージ」も好きでした。
週末、早朝から写真撮影に行く時には、必ず魚肉ソーセージを携帯していました。
やはり、母がよく作っていた「なます」も大好物だったので、冷蔵庫にはいつも大根と人参を保存していました。


 ある時、夫が私に「どろりあげ」を作ってくれと言いました。
南瓜に片栗粉でとろみをつけた郷土料理ですが、私は料理名を聞いたことも、食べたこともありませんでした。
お母さんに習って何度か試作してみましたが、南瓜の切り方(厚み)や、とろみの付け方が違うと言って、なかなか満足してもらえませんでした。
あとは大豆をすりつぶした「呉汁」や、坂本家の場合は麺を細長くする「だご汁」もリクエストされました。
どの料理も、すべて母の味ばかりです。夫は、基本的にすべて「母の味」こそがベストなので、私が作ると「何か違うんだよな。」と言うのです。
ある時、夫の弟の妻にその話をすると、弟も夫とそっくり同じだと言うので、ふたりで大笑いしたことがありました。


 夫は、太陽のように明るくて、可愛くて、働き者のお母さんが大好きでした。
お母さんの料理は、素朴ですが愛情たっぷり。「だご汁」のだごを作る時は、母と一緒に子供達も手伝ったそうです。
誰の作っただごが長いとか短いとか、形がいいとか悪いとか、笑い合いながら楽しく作った思い出があると言っていました。
兄弟仲が良くて、両親をとても尊敬していて、温かい幸せな家庭で育った人でした。


 私の母は、仕事をしていたので忙しく、元々料理が苦手でした。それで、私は幼い頃から母の負担を軽くするために、よく料理を作っていました。
また、従弟が秋田の能代市で、昔ながらの手作りにこだわる洋食屋さんを経営していたので、従弟の影響をおおいに受けて、私は料理を作るのが好きでした。
でも、夫のような料理に纏わる、家庭内においての温かな思いでは、寂しいくらいありません。
夫がハートがとても温かい人だったのは、母の手料理と温かい家庭で育った人だったからなのだろう、としみじみ思います。


 私は、夫の「母の味」には到底敵いませんでしたが、少しでも料理で愛情を感じてもらえていたなら嬉しいです。
夫は、私が作った料理に満足した時には「今日の料理は、店で食べたら○○円はするな。」と言って、値段を付けるのが好きでした。
しかも、夫が付ける値段の基準は、東京・三鷹に二人で住んでいた頃、夫だけがよく通っていた「千草食堂」という名前の、
大衆食堂の値段を基準にしていました。私は夫が付ける値段がいつも安いので「もっと高いでしょう。」とよく文句を言っていました。
私の料理に値段を付けるところが、いかにも夫らしいユーモアに満ちていて、くすっと笑えます。