213.「人生をしまう時間(とき)」 2019/11/09 (土)

 私は、以前、NHK BS「在宅死 “死に際の医療”200日の記録」
というドキュメンタリー番組を観ました。
映画「人生をしまう時間(とき)」は、テレビで放送された部分をベースにして、
新たなシーンを加え、再編集をして映画化した作品です。
「在宅」の終末期医療のリアルな世界が描かれています。


 映画に登場する医師たちが、かつては優秀な外科医であったことや、
外科医時代は、ひとりひとりの患者と真剣に向き合うことがなかった、
苦手だったと語っている姿が印象的でした。
終末期医療に向き合っている医師たちの、葛藤・苦悩・一生懸命さが心に残りました。


 「人生の終い方」は人それぞれ。
在宅介護を希望しても、厳しい現実と向き合うと、実現が困難なケースも沢山あります。
映画では、献身的に尽くす老夫婦の老々介護の実態や、父の介護者が全盲の娘のケース、
母が娘の介護をするケース・・・等々が紹介されました。


 特に、妻に先立たれ、全盲の一人娘に介護されている父のケースに、深く感銘を受けました。
全盲の一人娘は、健気で気持ちがとても優しくて、父の介護を献身的にします。
父は、自分が亡くなったら、娘が独りぼっちになってしまうので、不憫でなりません。
父は娘に、精一杯の愛情を込めて、労わりの言葉を掛けます。
父と娘が、お互いを思い遣る深い愛情に、胸を強く打たれました。


 娘は医師から教わった遣り方で、父の穏やかな最期を看取ることが出来ました。
娘の表情からは、父が穏やかな死を迎えたことを、自らの手の感触で理解出来たことや、
父の介護に力を尽くしたことで悔いがないことから、安らかさが感じ取れました。
娘に対して、医師や親戚一同から、沢山の温かな労いの言葉を掛けられます。
今後、ひとりで生きて行かねばならない娘にとっては、大きな力となることでしょう。


 終末期の在宅介護は、徐々に衰弱して行く様子を見つめながら、
いつか必ず訪れる「死」を受け容れるための、心の準備をしている日々なのです。
自分の好きな場所で、愛する人に介護されて、最期を看取ってもらえることは、
最高に幸せな「人生をしまう時間(とき)」の迎え方なのではないかと思いました。
「介護される人」と「介護する人」との間に、揺るぐことのない「愛」が存在
していることが、最も重要だと深く考えさせられました。