57.熊本地震3年 2019/04/14 (日)

 今朝の熊日新聞には、熊本地震3年の特集として、谷川俊太郎さんの「生きる」という詩が掲載されていました。
青空に白文字で書かれた詩は、「生きる」ということをとてもシンプルに表現していました。
一行づつ、言葉を愛おしみながら、ゆっくりと味わいながら読みました。
丁度、新聞を読み終えた午前10時に鎮魂のサイレンが響き渡り、身の引き締まる思いがしました。


 熊本地震が発生した時は、私はパニックになっていました。
今現実に起こっていることが正確に認識出来なくて、目の前の光景を眺めながら悪い夢を見ているのではないだろかとさえ思いました。
みんな動揺していてどう対応してよいか分かりませんでしたが、それでも夫と息子は適切な対応をとっていました。
特に、深夜に発生した本震の時には、みんなが家から飛び出して近所の空地や駐車場に避難しましたが、
夫が近所の人達と声を掛け合って気持ちを少しでも落ち着かせるように配慮したり、
息子が勇気を出して揺れている家の中に駆け込み、大判のシートや毛布を持って来てくれました。
寒さがしのげて大変有難かったです。シートが2枚あったので、呆然と立ち尽くしていた近所のご家族にも分けてあげたので感謝されました。
大災害が発生した時には、みんなで声を掛け合うことで不安な気持ちが随分和らぎます。
今思い返しても、みんなで寄り添い合ったことや声を掛け合ったことは、とても大切なことだったとしみじみ思います。


 ニュース番組で熊本地震3年の特集番組を観ました。
南阿蘇の「すずめの湯」が、3年振りに4月16日立ち寄り湯として復活するという、嬉しぃニュースが放送されていました。
「すずめの湯」は、熊本地震で甚大な被害を受けて復活が危ぶまれていましたが、3兄弟が力を合わせて復活に向けて尽力する姿が感動を呼びました。
NHKやEテレ、民放の番組などでも何回か特集されて放送されました。
私も番組を観て、今後、一体どうなるんだろうとずっと心配していました。
そんなある日、商工会からのご紹介で3兄弟のうち長男と次男の方が、夫に相談に来られました。
夫も私も、テレビで何回か拝見していたのでよく存じ上げていたので、実際にお会いした時には不思議な感じがしました。
ご兄弟はどちらかというと寡黙な感じで、素朴で誠実な印象を受けましたが、再建に向けての強い意志が伝わって来ました。


 あとで夫が「感じのいい人たちだったね。」、「すずめの湯が再建したら行こう。」と私に言いました。
私も夫に「必ず行こうね。」と笑顔で答えました。夫とふたりで行けなくなってしまったことは本当に残念ですが、
いつの日か息子と夫の母と3人で行こうと心に誓いました。


 昨日、映画を観に新市街へ行くと威勢の良い太鼓の音が、アーケード中に鳴り響いていました。
「熊本地震復興コンサート」と題して、県立大学の学生さんが太鼓の演奏をしていました。
両手を大きく振り上げての気合のこもった太鼓の演奏は、若さに溢れ生きる力が漲っていました。
演奏を終えると熱気に包まれ、外国人観光客からは「ブラボー」の掛け声が飛び交いました。
太鼓は邪気を祓うと言われていますが、熊本地震3年の今日という日を心穏やかに過ごしたいと思います。