193.樹木希林を生きる  2018/09/27 (木)

 昨日、NHKで「樹木希林を生きる」という特別番組が放送されました。
樹木希林さんは今月(9月15日)逝去されましたが、NHKが去年から亡くなられる直前まで、
1年間に亘り長期密着取材をしていました。 
 番組を担当されたNHKの木寺ディレクターと希林さんとは、福岡でのドラマ制作を通じて
知り合ったことが紹介されました。希林さんが「この1年で4本、映画撮るからカメラ持ってこない」と、
木寺ディレクターに声を掛けたことから密着取材がスタートしました。


 番組では映画の撮影風景や、プライベートでの希林さんと木寺ディレクターとの会話などが
淡々と描かれていました。映画は「モリのいる場所」、「万引き家族」、「日々是好日」の
撮影シーンを織り交ぜながら撮影現場の様子が紹介されました。
 また、希林さんが是枝監督に対して「リアリティがないのよね」と核心を突いた厳しい言葉を
投げ掛けるシーンも映し出されていたのでドキリとしました。


 番組も中盤を過ぎると、希林さんは「私なんか撮って番組になるの?NHKの人がやれって言ったの?
これでNHKのスペシャルになるの?」と木寺ディレクターに鋭く疑問を投げ掛けました。
そして、「律儀な反応で、だから話がはずまないよね」と手厳しいことも言っていました。
木寺ディレクターはこれまでの自分の人生を振り返り、自分の曖昧で優柔不断な生き方などを告白して、
泣き出してしました。私はこのシーンを観て、希林さんは才能が優れていると認めた人としか仕事を
しないはずなのに、どうして木寺ディレクターに密着取材を許可したのだろうと疑問に思い、
ずっともやもやした気分を抱きながら、番組の内容に少々物足りなさを感じながら観ていました。


 番組後半では、希林さんが新聞社のインタビューの現場に木寺ディレクターを同席させた後で、
ガンのPET検査の撮影図を見せて、全身にガンが転移して骨転移も進んでいることを告げました。
「あとどれくらいですかと聞いたら、先生は今年いっぱい、もう少し早いかもしれませんと言われた」と話してから、
「1年もくっついてカメラ回してたけど、何もキモになるものがなくてどうするんだろうと思ってずっと考えてたんだけど。
でも、これがあればキモになるでしょう?」と驚くようなことを言うのです。
 希林さんは自分の人生を締め括るための番組の構成を、ご自分の頭の中にしっかりと思い描いていて、
木寺ディレクターの誠実な人柄を見込んで、撮影と編集を託したのではないかという思いがしました。


 番組の最後は、予想外のシーンが展開しました。
希林さんが出演された最後の映画が、ドイツ人監督によるドイツ映画であることを初めて知りました。
映画の最後の撮影シーン、窓際の椅子に腰掛けた希林さんがかぼそい声で歌い出したのは、
何と「ゴンドラの唄」でした。・・・・いのち・・短し・・・ 恋せよ・・乙女・・・、
スノードームをゆっくりと手で回し、慈しむような眼差しで見つめながら、ひと言ひと言を愛しむように
しみじみと歌います。希林さんの瞳には、大粒の涙が流れていました。
その切なさに、その深い哀しみに、胸が締め付けられて、観ている私も涙が溢れ、泣き出してしまいました。
「ゴンドラの唄」を聴くと、いつも黒澤明監督の名作「生きる」を思い出します。
志村喬さんがブランコに座って、何とも言えない切ない表情で歌う名シーンが思い出されます。
私には、志村喬さんと希林さんの姿が重なって見え、より一層切なさが胸に迫りました。


 番組のラストシーンは、映画がクランクアップしてから希林さんが杖をつきながら、
微かな光に導かれるように、薄暗く長い廊下をゆっくりと去って行く後ろ姿で終わっていました。
徐々に暗闇に紛れ、小さくなって行く丸みを帯びた背中が「さようなら」と言っているかのようでした。


  番組を観終わって、この番組は樹木希林さんが自分を曝け出してご自分が思う通りにプロデュースした
ドキュメンタリー番組なのだと思いました。俳優人生を最後まで自分の思い通りに締め括り、
遣り残したことがない、希林さんらしい満足の行く人生の終え方だと感じました。