38.ありがとうございました 2021/02/25 (木)

 夫が大変お世話になった恩義のあるTさんが、1年前に逝去されたことを知らせるお便りが突然届きました。
夫が弁護士になりたての頃から目を掛けて頂き、30年ほどの長きに亘りTさんの会社のお仕事をさせて頂きました。
夫とTさんは親子ほども年が離れていましたが、Tさんは夫を息子のように信頼し、公私に亘り親しくさせて頂きました。


 夫は、かつてTさんの会社の訴訟事件(2件)において、最高裁判所で訴訟を担当し、2回とも勝訴しました。
夫はたったひとりで訴訟を担当しましたが、相手側は100人の大弁護団でした。大量の書面の応酬を何回
もしたことは今でも忘れられません。夫とTさんは、絶対に勝訴するという強い信念を抱き挑みました。
Tさんは、後々までその時の思い出話を嬉しそうに話していた姿が、今も忘れられません。


 夫が亡くなった時、私は仕事関係者では唯一、Tさんにだけは連絡をしました。当日、Tさんは福岡に出張中でした。
夕方には事務所に駆け付けて、夫の遺体と対面しました。Tさんは「あーぁ、秀徳(しゅうとく)さんよ、早過ぎるよ・・・」
と無念さの滲む声で辛そうに言いました。Tさんは、いつも夫に「私が死んだら、よろしく頼むよ」と言っていました。
夫は「大丈夫です、心配しないでください」と安心させるように微笑みながら言っていました。私は、ふたりのこの遣り取りを
何回も聴いていたので、Tさんに対して心から大変申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。


 その後、毎日散歩を欠かさないTさんに、私の転居先周辺を散歩することがあったならお気軽にお立ち寄りくださいと、
お手紙を書いたこともありました。しかし、残念ながら再会は叶いませんでした。昨年、直感の強い私は、何故かしら
Tさんの体調が非常に気懸りで胸騒ぎがしてなりませんでした。Tさんの逝去を知らせるお便りを拝見して、
「あぁ、そうなのか・・・」と思い、寂しさが募りました。就寝前、Tさんが安らかでありますようにと祈りました。
Tさんとの初めての出会いのシーンや様々なシーンに思いを巡らせ、Tさんの言葉や表情を懐かしく偲びました。


 朝一番、Tさんが好きだったコーヒーを、事務所でいつも供してたコーヒーカップで淹れました。
そして、夫のマグカップと一緒に並べて供えました。今頃、夫とTさんは再会して、さぞや賑やかなことでしょう。
ふたりの笑い声や笑顔が思い浮かぶようです。